昨日の投資 ホケキョ3








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ツムツムマツリ開催中。

そしてめでたく、

書籍カゴ積込み検定一級をパスした。




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こぼれるのはなにも液体とは限らない。

君はこの現実を知っていたか。

大丈夫。

現実を知るのに遅すぎるということは何一つとしてない。

現実は時として厳しい。

だが、同時に、

時としてとても魅惑的であり、

時としてとても奇跡的である。




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この記事へのコメント

  • Show me the money.

    いま日本社会が音を立てて崩壊している元凶は、テレビであろう。大人の場合は、いったん身につけた知性を、テレビによって失うから「白痴化」であろう。
    受け身だけで楽しめるのがテレビだ。寄席を考えてみよう。客が全くの無表情だったら、落語家でも何でも、まったくつまらない。講談・浪曲等を含めて、聴衆の盛り上がりによってこそ、感動が得られるのだ。笑ったり泣いたりすることによって、聴衆も芸に参加していると言える。
    演劇も同じことだ。舞台俳優は、いつも客の反応を気にし、盛り上がらないときは、その理由を考えるという。映画になると、観客の反応が演技者に伝わることはない。それでも時間をつくり、切符を買うというのは1つの行動である。それによって映画館という特殊な空間に入り、映画という絵空事の世界に入り込む。
    テレビは、こうした能動をすべて捨てさせる。与えられたものの中から、楽しいものを選ばせるだけなのだ。その瞬間、面白くなければリモコンのボタンを押してチャンネルを変えるだけでいい。こういう生活に慣れきってしまうと、人間は自らの行動によって状況を切り開くことを忘れる。政治の流れを変えるために、投票所に足を運ぶことすらしなくなるのである。
    子どもの育ち方はとくに重要だ。ヒトは他のほ乳類と比べて、胎内での成熟度がきわだって劣っている。他のほ乳類並みの完成度で誕生となるためには、倍の妊娠期間が必要だという。未完成品として生まれる新生児の中でも、とくに劣っているのが大脳皮質の発達であるらしい。その大脳皮質は、母親らとの対話の中で完成する。
    赤ん坊は言葉が分からないのに、母親が語りかけるのは、大脳皮質を育てるための本能なのである。テレビに慣れきった母親は、赤ん坊に話しかけることを忘れ、テレビに子育てさせる。その結果、テレビ番組の楽しさだけにしか反応しない「テレビ脳」ができるという。テレビ脳では、他人との会話ができない、もちろん本も読めないと考えられている。「耐える」などは死語になり、代わりに「キレる」「ムカつく」という「新生語」ができた。人々はすぐにキレて、ナイフなど持ち出す。
     『本が死ぬところ暴力が生まれる――電子メディア時代における人間性の崩壊』(バリー・サンダース著、杉本卓訳、新曜社)という本が刊行されたのは1999年。電子メディアの普及によって、識字による自己形成が喪失したと説くこの本はほとんど話題になっていない。それこそ21世紀日本社会の危機であろう。

    人間の認識能力は、本能機能⇒共認機能⇒観念機能と塗り重ねられて形成されているが、母親との対話が共認機能⇒大脳皮質の形成に決定的に重要なのは指摘の通りである。
    それに加えて子供の成長過程での遊びという観点から考えてみたい。自然や仲間などの多様な外圧に対して頭と身体を使う遊びでは、本能⇒共認⇒観念回路が無数に働く。従って、脳回路が健全に成長する。遊び体験の中で物事を計画する能力や先読み能力が身についていく。
    ところが、テレビは上記の記事にあるように、一方的な情報の垂れ流しで、大脳皮質、とりわけ言語能力や計画能力を司る前頭葉が働かない。大宅壮一が「一億総白痴化」と警鐘を鳴らしたのは正しかったのだ。
    テレビゲームはさらに破壊的である。テレビゲームは単一のストーリーしかない。つまり、ゲームをしているときはごく一部の脳回路しか使っておらず、テレビゲームばかりやっているとその回路しか作動しないように固定化してしまうとのことである。
    『るいネット』「ゲーム脳」より引用。

    子どもの脳波を計測してみると、幼稚園や小学校低学年のころから週に4~6回、1日2~7時間テレビゲームをやっていたという人は、ほぼ例外なくアルツハイマーの人と同じ脳波の特徴を示しました。
    人間の脳はおよそ10歳までの間に完成していきます。この大切な期間に毎日何時間もテレビゲームをやっていると、脳回路が単純化されてしまい、その結果、特定の回路だけが強化され、その他の部分の神経回路を使わなくなるように脳が習慣化されてしまうそうです。
    「少なくとも18歳までは、テレビゲームをしないほうがいいでしょう。18歳を過ぎれば、自分の意志でテレビゲームをやめられる状態まで脳が発達します。その意味で、子供の脳に対する親の責任は重大なのです」と森教授は言っています。
    2019年02月01日 01:48
  • ちひろ


    コンピュータ・ゲーム、テレビ・ゲームはすでに巨大産業であり、これらのゲームに関わる企業は巨大企業である。

    ユーザー数も多く、大人から子供までゲームをしない人はいないというくらいゲームは大流行している。

    だから、徐々にゲームによる依存、ゲームによる中毒、ゲームによる生活破綻が底辺で大きな問題になっているにも関わらず、もはや誰もゲーム業界を批判することはできなくなってしまっている。

    昨今のゲームは非常に依存性が高いものであり、ゲーム会社も莫大な制作費や研究開発を経て、ユーザーに極度のゲーム依存を引き起こさせようとしている。

    ユーザーをゲーム漬けにするということは、企業にとっては儲かることなのだ。

    ゲームの世界に没頭させ、ゲームから逃れられないようにすれば、ゲームをバージョンアップしたり、関連商品を出したり、ゲーム内で何らかのアイテムを売ることによって、いつまでも儲かることができるのだ。
    2019年02月01日 01:52
  • Nightingale

    コンピュータ・ゲーム、テレビ・ゲームはすでに巨大産業であり、これらのゲームに関わる企業は巨大企業である。

    ユーザー数も多く、大人から子供までゲームをしない人はいないというくらいゲームは大流行している。

    だから、徐々にゲームによる依存、ゲームによる中毒、ゲームによる生活破綻が底辺で大きな問題になっているにも関わらず、もはや誰もゲーム業界を批判することはできなくなってしまっている。

    昨今のゲームは非常に依存性が高いものであり、ゲーム会社も莫大な制作費や研究開発を経て、ユーザーに極度のゲーム依存を引き起こさせようとしている。

    ユーザーをゲーム漬けにするということは、企業にとっては儲かることなのだ。

    ゲームの世界に没頭させ、ゲームから逃れられないようにすれば、ゲームをバージョンアップしたり、関連商品を出したり、ゲーム内で何らかのアイテムを売ることによって、いつまでも儲かることができるのだ。ゲーム依存は、立派な「麻薬中毒」である今のゲームはハードが高機能化し、グラフィックスの表現は進化し、より強い刺激を得られるように進歩している。そして、強い刺激が得られるようになればなるほど、依存と中毒が突き進んでいく。

    オンラインゲームの時代になると、多人数がひとつのゲームの中に参加するようになるので、ストーリーの広がりはほぼ無限になっていき、より没入感は強くなる。

    ゲームの中でひとつの壮大な世界観が作り出されており、そこで作られた仮想現実は、もはや子供にとって現実を超越したような世界になってしまっている。

    さらに、これからは完全ゴーグル型のようなもので現実を遮断するような方向性に突き進んで行くので、ゲームに対する依存性、中毒性はもっと重度なものになっていく。

    ■ゲーム中毒は、立派な「麻薬中毒」である。
    ゲームに熱中しているユーザーは、脳内で快楽物質であるドーパミンを大量に放出しているのだが、まさにそれは麻薬(ドラッグ)と同じ働きをしている。

    ドーパミンが大量放出されると、ユーザーはそれを少しでも長引かせたくて、どんどんゲーム世界に引き込まれていく。ゲームを止めることなどできなくなってしまう。

    まわりから見ると、まるで気が狂ったように見えるほどゲームに魂を奪われているのは、つまりドーパミンという快楽物質を必死に放出させようとする中毒者の姿なのである。

    ドーパミンは継続して大量放出されると、脳はその刺激に慣れてやがて効かなくなる。

    そうすると、もっと強い刺激、もっと長時間のプレイが必要になっていく。ゲームをしないではいられなくなってしまう。経済効果のために、ゲームの麻薬性や危険性は無視もうすでに日本の子供たちは大量のゲームに囲まれていて、そのほとんどがゲーム中毒の予備軍となっている。

    しかし、マスコミや企業は、絶対に何があっても、ゲームというものの危険性を本気で啓蒙したり、注意喚起したり、止めさせようとはしない。

    むしろ、そういった危険性を喚起する人間の声は抹殺するか、表に出さないようにするか、強い反論と共に紹介する。

    なぜなら、そこに金がうなっているからだ。ゲーム産業は大量の広告をマスメディアに投入する大事な顧客であり、すでに巨大産業になっていて多くがそこから利益を得ているからである。

    アメリカのリサーチコンサルティング企業であるガートナー社は、2013年度は世界のゲーム市場規模は約9兆円に達しており、この市場はさらに成長の余地があることを報告している。

    ゲームは専用ゲーム機だけではなく、パソコンからスマートフォンまで多くの端末で広がっており、確かに市場規模はこれからもどんどん拡大していくのは確実だ。

    だから、世界の主要プレイヤーが莫大な費用をかけて、ユーザーを取り込もうとして、マスメディアにも広告費を通して影響力を高めているのである。

    そんな状況なのだから、ゲームのプレイヤーがゲーム中毒になって生活破綻したり、子供たちがゲーム中毒で廃人同様になったところで、そこに意味を見い出す人間はいない。

    経済効果のために、ゲームの麻薬性や危険性は無視され、矮小化され、ユーザーもまたあえてゲームが抱える闇の部分をのぞき込むことはない。

    中毒になっている人間ほど、必死になってゲーム依存の危険性などないと叫ぶ。

    ゲーム規制されたら困るのは自分なのだから、ゲーム依存を引き起こしている人間ほど「ゲームに罪がない」と言うのは、むしろ当然のことだ。

    しかし、ゲーム依存は、明らかに存在しているのである。
     
    2019年02月01日 01:55