Dark side of the sun(邦題「リック」)



dark side of the sun(邦題「リック」)

1988 監督 ボジタール・ニコリック
     脚本 アンディー・ホートン
        ジェリコ・ミヤノヴィッチ
     主演 ブラッド・ピット
        ガイ・ボイド
        シェリル・ポラック

先天的な皮膚病を患って、日の光を浴びれば3日しか命が持たないという青年。
青年が命と引き換えに得た3日間の自由の描写。

プロローグ
黒のフルフェイスのヘルメットを被った男が太陽に向かって
″Iwant to live!"
と叫ぶ。
全身を黒で覆われた男が赤いバイクを走らせている。
道中、すでにこと切れているとは知らずに懸命に母犬の乳を求めている子犬を抱きかかえる男。

彼の名はリック。
父親はリックの治療のためユーゴスラビアに2年間滞在している。
ヒーラーが行うのは医学とはかけ離れた土着信仰のようなもん。
イギリス、フランス、スイスどの国の先端医療も彼を救えなかった。

半袖を着れない。
自分の顔を鏡で見ることもない。
昼食であるにもかかわらず闇の中でとる食事。
母親は自閉性でほとんど寝たきり、機嫌がいいと歌っている。

仮装大会のためにアメリカから呼ばれた劇団のフランシスという女優。
黒ずくめのリックとフランシスのロマンス。

仮装大会の後、リックは海辺の小屋で一人夜を明かし、
彼は人生のオブザーバーであることをやめる決意をする。

リックは言う。

゛太陽の光を浴びたい。

ディズニーランドの3日間でなくていい。

普通の3日間でいい。

神が与える三日間が僕にとっては永遠になる。

自分の存在が父さんと母さんの時間を奪っている。

自殺するんでも、絶望するんでもない。

普通の人のようにに生きてみたいだけ。”


そう言ってレザーで覆われた仮面を外す。
母親似だといって鏡に映る自分の顔を見て涙を流す。
父親と抱き合うリック。

仮面を外したリックは
日の光を目いっぱいに浴びる。
海水浴を楽しむ。
イルカと戯れるリックは生命力にあふれている。
フランシスの劇団仲間に殴られてもリックは楽しそうだ。

父親はリックにシカゴで新しい治療を受けることを勧める。
何が何でも生きろと。

リックは言う。


゛昔、ベッドに横たわり病気が重くて泣いている少年がいた。

彼の父親は彼を力強く抱きしめ、息子にマラソンの話を聞かせた。

マラソンでたとえ全員に追い抜かれたとしても気にすることはないんだ。

なぜなら多くの人間が途中でドロップするし、

フィニッシュするまで本当のチャンピオンは決まっていないからと。

少年は泣くことをやめた。”

父親は答える。

゛お前を勇気づけようとして言ったんだ。

俺のゴールはお前に自分の人生の決断を自分で下すことができる時を与えることだったが、

今その時が来たようだ。

だがとてもつらい。”

゛もうあと戻りはできないんだ。

父さんと僕がチャンピオンだよ。”

そう言ってリックは笑い。
ファイティングポーズをとっておどけた。

3日目、

リックの肉体は教会で祈りを捧げたあとヤケ酒を飲んで帰る親父の誕生日をサプライズで祝い、フランシスとの最期のランデブーを朝日の中で終えるとついに限界を迎える。

父親のバースデーを祝うリックの顔面は蒼白。

綻びを隠すために白く化粧しているようにも見える。死化粧。

幸せそうに眠るフランシスを残し立ち去るリック。

昇る太陽が無残に破け始めたリックの皮膚を照らしていく。

血みどろになって帰宅したリックは、母親の手に口づけをし別れの挨拶をする。

母親の目は大きく見開かれている。

表情は固まっていてリックを見ることはないが、動悸が激しく胸を打っている。

プロローグの子犬をリックがエピローグで演じている。

プロローグで子犬を抱いたのはリックだが、エピローグで

リックを抱くのは太陽。

父親は最期にリックに告げる

お前はチャンピオンだと。

ベッドに残されたソケットからダークライダーがリックであることを知ったフランシスがリックを追う。

フランシスから逃げるように太陽に向かいバイクを走らせるリックの姿でエンドロールを迎える。


圧倒的な迫力を持つシーンは皮膚という皮膚が爛れ破れ、血を流しながらリックが母親の手にキスをするラスト付近。

すべての愛する人に背を向けて太陽へ向かってバイクを走らせ、やがて太陽と同化する。


いい映画だった。

とても。


父親はナイスガイだ。

酒場で打ちのめされた息子の仇を即座に数発のパンチできっちりとるそのタフガイぶりも、死を選択した息子とともに酒を酌み交わし、ともに同じ歌を歌い、ともに酔っぱらいながらドライブし帰宅する磊落さも切なさも。



無人の教会でイコンに捧げる真摯な祈りも、現実に打ちのめされ無力な自分を妻に独白する弱さも、すべてが好ましい。


生きてほしいという親の思いとうらはらな息子の透徹した意思。

最愛の息子を失う恐怖と息子の意思を尊重しようとする親心、尽きない葛藤。

だが残された時間は刻一刻と過ぎていく。

親父はヤケ酒を飲み続け鬱屈したやるせなさを腹にため込んでいる。

妻は自閉性で寝たきり、息子は治る見込みのない難病。

放り出したくなる現実をあの腹で支えてる。耐えている。

アルビノというやはり先天性の皮膚病があるが、彼らは日の光を浴びることができるし寿命もある。

ジョニーウィンターは結構長く生きたがリックの命はたったの3日だ。



仮装大会の日

人々を演劇へ誘う街頭でどくろの仮面を後頭部につけたフランシス。

美しいディーバの後姿は死神。

彼女がリックを死神に引き渡したプレイヤーであるには違いない。

フランシスが実は死神だという不吉なメタファーが物悲しく、

バッドロマンスを暗示している。


一見するとリックとフランシスのロマンスにスポットライトがあたる、見どころではあるが、この映画のメインテーマは明らかに父と子、家族に置かれている。

sunはsonと同じ音。

そして忘れてしまいそうになるのはリックが自分の死を知っているということ。

他者が画面に写されているとき、

リックに悲哀が感じられない。

陽気なアメリカンで、

死にゆく人には見えない。


見えないよう振る舞っている。


だが、

握りつぶされるヒトデのはく製が彼の心情を代弁しているし。

ただ太陽にむかって声を出さずにOKとつぶやく時、彼は自分に訪れる現実的な未来を知っている。


ブラッド・ピットの表情が凍るのは他者がいない空間と、太陽が白い肌を奪ってから。


もちろんあれだけの特殊メイクを施せば口角一つ上げるのにもアートディレクターの許可が必要だろうと想像することは容易い。



リックは闇の中を生き続けることよりも、3日間だけでも日の光の下で生きることを望んだ。

死んだらおわり。

あぁその通り。

かもね。

だだ、

たとえどんなカタストロフが待ち受けていたとしても

潔く、美しく生を輝かせ散る。

その自由を奪うことは誰にもできない。

彼は勇敢だった。

紛れもなくチャンピオンだった。



確かに日に当たれないからと言って全身が黒づくめのリックの姿は異様、過剰な演出であることは否めないかもしれないし、フランシスがダークライダーがリックだと気づかないのはおかしいかもしれない。

それは枝葉。


仮面を脱いだリックの最初の衣装が餓狼伝説という格闘ゲームでバーンナックル使うやつとそっくり。

たぶんリックを見たゲーム製作者の一人が彼へのオマージュをあのコスチュームへ込めたのだろう。

こうしてリックはゲームの中で生き直すことに成功したわけだ。



蝶のように君を永遠に愛している。

like a butterfly , i love you forever

からG線上のアリアへと流れるクサすぎるイントロが見事だ。

さて、

like a butterfly で伝説的な重量級のボクサーの連想を禁じえなかったこのフィジカルな脳みそに一体どう始末をつければいいだろうか。

映画の中で使われていたポーの詩を引用して終える。



Alone

From childhood's hour I have not been

As others were; I have not seen

As others saw;I could not bring

My passion from a common spring.

From the same source I have not taken

My sorrow;I could not awaken

My heart to joy at the same tone;

And all I loved, I loved alone


DVDだと最後の行を

愛もまた人と異なる

と訳してる。

間違ってるのか正しいかはどうでもいいがこの意訳は素敵。






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